寿司の話
寿司を食いに行くので
寿司の話でもしようかなと思う。
15分くらい人を待つのでどこまでかけるかな。
ちはや家は寿司が好きである。まあまて、寿司屋で食う寿司が嫌いな日本人もそういないのではないか。その日本人というのは主語がでかくはないか。
ーーお前な、何でもかんでもな、「主語がでかい」と言っていれば賢しらな気分で居られると思うなよ。お前の言葉には知性もなければ矜持も足りない。
ーーうるせえ、寿司をカウンターで食うくらいで保障されるような知性や矜持なんてものにどんだけの価値があろうというのか、お前は肩書きでネタを味わうのか、ウィキペディアを左手にスマホで開いていなければ、今食っているネタがどのような形で泳いでいて、どの海岸で作られた塩と、どの樽で作られた醤油であるかしらねば味の確からしさを信じられないような、物語と理屈に依拠しなければ己の味蕾を呼び起こすこともできぬ情報の奴婢と化した舌ではスーパーの半額シールが貼られたパック寿司との差もわかるまい。せいぜい「やはりシャリが硬くなってしまうな」と15秒程度しか続かぬ後悔と妥協の味のみが貴様の安っぽい矜持とやらを満たすにすぎない。哀れというほかない。
ーーあわれなのは貴様だ、スーパーのパック寿司を笑うものに現代の寿司を語る資格なし。カウンターだのスーパーの寿司だのという寿司が置かれた舞台にこだわる貴様こそ、寿司という演者が舞う舞台の軽重に殊更拘泥しその舌と目を曇らせているのだ。寿司というハレの食事をその名が育んできた、背負わされてきたステイタスに何より囚われているのは貴様ではないか。寿司に背負わせた看板を重くし、自らをフウセンのように軽く薄っぺらい存在にしているのは貴様自身の呪いではないか。そもそも気負う必要があるのか寿司はハレの食事ではあるがそこまで構えなければならぬものなのか「寿司を食うからヒゲを剃ろう」「寿司を食うからいい服を着よう」「寿司を食うからマグロ大明神に祈ろう」「寿司を食うからデンタルクリニックに行っ」
ーー待って、待って。ちょっと待って。
ーーなんだよ。デンタルクリニックに行かんのか。
ーー行かない。行ったとして、デンタルクリニックに行ったあとは消毒液の匂いであるとか、歯が噛み合わない感じがして食事する構えになってないとかそういう話じゃない。その前。何?
ーーヒゲ? ヒゲは剃るでしょ。ラーメンハゲはラーメンに髪が落ちないために髪を剃るんだよ。お前は美食を供するシェフのここまでの心構えに対してヒゲも剃らないの?
ーー寿司の話だしお前の立場がわかんねえし俺はシェフじゃねえし話が巻き戻りすぎだしなんでこんな巻末一人座談会みたいになってんのかよくわかんねえけどそのまえ。なに? 何大明神? ちくわ??
ーー知らないの。マグロ大明神。
ーー知らんわ、三崎口にでもいるのか? 大間か? インド洋一帯を支配するマダガスカルマフィアの隠語か?? 冷凍技術の進歩がマグロをこんなに美味しく食べさせてくれるようになりました! ってインターネットでそこら中に吐き散らして回るインターネットマグロおじさんの隠語か??
ーーマグロおじさんって性的な意味ある?
ーーないです。おじさんがマグロなの困らない? ていうかマグロって泳ぎ続けてないと死ぬという俗説を信じるならそっちの意味で使われるとまったく正反対な意味になるよね。なんでなのかな?
ーーもうトロトロになっちゃう。
ーーそのネタもう聞いたな。えっこれオチ? オチなの?
ーーでマグロ大明神ってのは俺が三崎口に行った時に見つけたんだけどさ。
ーーほんとうにあるの三崎口に。
ーーいや、いるんだよ。現人神が。
ーー寿司は宗教って話をしたいの?
ーー寿司って、生きた魚を獲ってくるわけじゃん。それは狩猟に他ならないわけよ。人間が人間たりうる以前より生存を委託してきたその手法に宗教というか信仰が絡んでくるのは自然なことじゃないかな?
ーー俺いまファミレスの角席で囲まれてる設定? 社長出てくる?
ーー三崎口マグロきっぷでマグロ食べに行った時、一番有名な店でマグロ食べたのよ。後ろの席でマグロのカブトをグループで注文してるの。いい迫力だなーっておもったらさ、対象が出てきて。マグロの魂を鎮魂する祝詞をあげ始めるんだよ。あれには仰天したし。マーケティングってすごいなー! って思ったね。
ーー信仰の話がマーケティングになったよ?
ーーで、さ。この三崎口という街はわりと港よりももう観光の街として成り立ち始めてるのかなって、一度行った俺は思うんだけど、さておき、その店を出て港に行ったら、港に流木が展示されてるんだよ。子供が五人くらい閉じ込められそうなでかい流木。
ーー曖昧な独自単位で恐怖を煽るな。
ーーその流木をよく見ると凸凹があってーーよく見るとーーこわいなーやだなーってそれぜんふわ仏様がほってあって。無数に、びっしり、おそらく三崎口の人口より多いくらいの仏様が彫ってあるの。それを彫ったのがさっきのマグロ屋で祝詞をあげていた大将。大将はマグロの魂を鎮めるために東南アジアに渡って仏師に弟子入りしてきて帰ってきてマグロ料理をやってるんだって。
ーーすごいな
ーーすごいマーケティングでしょう。やはりすごいマーケティングは信仰と切っても切り離せないんだと思うんだよね。信じてるからそこに狂気とも言える執着が産まれるんだ。
ーーこの話どこに着地する? そろそろ切り上げないと下書きが消えそう。まず何頼む?
ーーコハダかなー?
ーーそれがオチ?????
なにこれ。
俺はおじいちゃんといっしょにいったはじめての寿司の話をしようとしてたのに、なにこれ?????
どうしてこうなったの?? どうして? 人生に計画をもって臨んでこなかったからこんなひどいしうちするの??? なんなの??