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ナントモハヤ

明日のぼくを殺せ。昨日のきみを救うために。

文具沼に沈む2 マイスターシュトゥック144

文房具 万年筆 インク

 今年に入ってから文房具沼にヌルヌルと入り込んでいるみなみちはやです。震災で死んだ祖父の遺品から万年筆を受け継いだ俺たちは……! というところで今年初めにあげた前回のエントリを終了してからもう年の瀬も迫って参りました。時が経つのはかくも早い。その間に万年筆をはじめとする文具沼から離れ「やっぱりデジタルデバイスだよね~」となったかというと、そんなことはなかったのです。正直なところ、こんなメンドクサイもののメンテナンスはさっさと飽きてしまうような性分だと自分では思っていたので。今でもちゃんと日常的に使っているわけで、まあ気が向いたときに更新して行きたいと思っている所存。

 前回紹介した万年筆は重量級、デュオフォールド・センテニアルでしたが、やっぱり大きいのと、放っておくとけっこうインクが乾いてしまうので、なかなか外に持ち運んで使うというには不便なのですな。あと、見た目が偉そうなので気後れする。どれくらいゴツいかというとアメリカ大統領が調印の時に使うくらい。太平洋戦争の調印文書とか、パレスチナ暫定自治協定とかに使われたとか出てくる。とか検索して「へえ」とは思うがだからどうしたという感じはすごいする。そもそも調印って言われてもサインするだけだろうしな、アラファトとラヴィンがお互いの尻に軸とキャップを挿して後ろ向きに歩み寄り、うまくフタを閉めることができれば晴れて調印成功! ということになれば、我々としてもそこまでの困難の末に結ばれた平和の証に拍手を惜しまないだろうし、それに使われたペンにも敬意を表することができるだろうと思う。絵ヅラを想像するだに平和の重要性が身にしみる。何の話だっけ?


 そんなわけで今回は二本目の遺品、モンブラン マイスターシュトゥック144について。
 
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 モンブランと言えば高級万年筆の代名詞で、当時特に知識のなかったぼくでも名前は聞いたことあったし、キャップの頭に彩られた白く広がる模様は、霊峰モンブランの頂きを表わしているとのことだが、ジワリと広がっていくなにか別のものにみえないこともない。こんなちっちゃいボディからインクでちゃうよう。みたいななにか。
 マイスターシュトゥックというこのなんか言いにくい感じ。クーゲルシュライバー感を覚えるこの名前は、モンブランの万年筆におけるフラッグシップモデルに付けられる名前で、デカいほうから149 146と名前が付いており、それらは万年筆の中でも憧れをもって語られる王者の風格が漂っている。らしい。よくわからないけど調べているとそんな感じがしてくる。ぼくが受け継いだ144に比べてどちらも葉巻のようにデカい。どれくらいのものかはおググりください。
 144は同じシリーズの名前を冠していながらも、その知名度は低く、146や149への評価に比べてその名も実も軽いペンだ。三姉妹の味噌っかすな末妹と考えると想像も捗るだろう。だれか万年筆擬人化してくれないかな。さて、優秀で人気も威厳もある2人の姉に比べて144は調べていくとあまり良い評判がない。インクは漏れるし、なにやら「Pen of the Year2000」ってアワード(この賞自体の存在が、ちょっとおかしい気もするが)でワーストを取ったとか出てくる。なんか可哀相になってくるのも束の間、本当の悲劇はここからで、なんとフラッグシップモデルのくせに、今のモンブランのラインナップに「144」は存在しないのだ。今は「145」が代わりにその座にいるという。ダメさのあまり親に捨てられて、挙句その場所に降って湧いたような自分と同じ顔のヤツが違う名前で居座っているところを想像すると俄にこの144に愛着がわいてこようというもの。

 ぼくにとって万年筆沼が染みこむように入ってきてしまったのはまさにこういう点で、全く予備知識のないものを受け継いでしまったが為に、調べるほどにそのモノに関わる歴史が入り込んできて、その個性共々面白くなってしまうということ。よくもまあいちいち先がただ割れてる金属の板にインクを流し込むだけの構造でここまで違いがでるのかというほどに、それぞれ個性が違う。そして「その道具について調べて」いるうちにいつのまにか「よりよい道具の使い方」を探し、「新しい道具を探す」というスパイラルが始まる。これが沼の仕組みだ! 気付いたら抜け出せない!

 144の話に戻る。
 正直なところ、「モンブラン」「マイスターシュトゥック」なんてたいそうっぽい名前が付いているからだけで、その後様々なペンに触れてもこの144はまったくもって優秀なペンなのである。ペン先がしなるから線に強弱が付き字に表情が付く(こういうよくわからないことを言い出すとだいたいもうダメである)、姉たちとちがってキャップがねじ込み式でないのも実に手軽でよい(だから気密性のコントロールがうまくいかずインクが漏れるのである)。ただ、使っているとどうしても不満が出てくる。インクだ。受け継がれたモノの中には大量のカートリッジインクがあった。146、149はそもそも自分のカラダの中に大量のインキを吸い込む機構を最初から有している「吸入式」というヤツだ。けれど144は両用式というやつで、予めインクの入った使い捨てカートリッジを挿すか、またはコンバーターというインキ吸入装置を付けることが出来るようになっている。大量のモンブラン用カートリッジインクはロイヤルブルー。非常に高級感あふれる紫色で、紙の上を粘つきながらも優雅に走るペン先を眺めていると(こういうよくわからないことを言い出すともうダメ2)ついつい溜息が出るが、自分の字があまりにもきたなくて我に返るということだ。いやあ字がうまかったら死んでいたね(わりと本気でそう思っている)! 
 で、そのカートリッジインキ、この144という小ぶりで細字、いかにも持ち運んでそとで優雅に手帳にでも思いついた詩を書き込んでくださいよ! といわんばかりの形をしているから、まあ実際にそうしてみるとだ、このインキ他のインキに比べて乾くのが異常に遅い。つまり、書いて居るところを擦ったり、書いてから時間をおかずに手帳を閉じたりすると、

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 こうなる。
 優雅に書いておいておける余裕があるんなら構わないんだけど、これってちょっと道具としてどうなの? って感じだ。この頃にはもう「速乾性のないインク」(写真でわかるように、他のインクは滲んでいない)に対しての評価がヌルヌルと下がっていたので、他のインクを使いたい衝動がムクムクと沸いていた。ただ、カートリッジでないインクを使うには、前述のコンバーターというものを使わなくてはならないのだ。
 さて、コンバーターはもちろん、使えるように作られているのだから、作ってるところが売っている。だが、この144、前述の通り、もはやモンブランでは売っていない、除名されたミソッカスなのだ。それがゆえか何故かはよく知らないが、似た顔をした145用のコンバーターはこの東西ドイツ統一後直ぐに作られたと思しき144(ペンのキャップに薄く「Germany」と書いてあるのだ。統一前のものには「W.Germany」と書いてあるそうだよ)には合致しない。わりとひどい話だなあと思う。売ってないどころか、産んだことすらも忘れられている風情だ。ますます不憫でこのペンが愛おしくなるというもの(気持ちわるい)。そんなわけでインターネットの力をもってどうにかならないか調べていくと、日本の万年筆とは違って、欧州の万年筆は「欧州統一規格」というものに沿って作られており(それでも、各社によって合う合わないはあるっぽいので、その規格いみあんのかとはおもわんでもないが)ウォーターマン社のコンバーターが合うという。買ってきた。喜び勇んでペンを洗い、染みついたインキを洗っていく。
 ちなみに、このインキを洗い落とす作業がまためんどくさい。インクの色を変えるときは、軸の中に残ったインクを出しておかないと混ざって悪さをするし、こういう古いペンの場合は、中にこびりついたものが固化してたりしてよろしくない。そんなわけでこいつも分解して洗おうとおもったのだが、ペン先がうまくはずれそうになかったのでチキンなぼくは断念しました。正直洗っても漬けても水が青く染まるので、わりと辟易する。汚された少女のが自分のカラダを洗いながら「汚れが落ちないよ……落ちないよう……あたし、汚されちゃったよう……」としているのを想像しながらただひたすらにコンバーターで水を吸い、吐き出させる作業をひたすら、でてくる水がきれいになるまで続ける。ペンの下にこびりついたインクをティッシュに染みこませて「キレイキレイしましょうねェ~」と実際に呟いていたらママンが部屋に入ってきた。死にたい。こういう想像をしていると結局このペンは祖父のお下がりなので、そう言う意味でもちょっと死にたい。
 
 そんなこんなで、受けた傷は消えないが、見た目はキレイになったような気がするコンバーターを取り付けられた144を、最初の姿に戻す作業に入る胴軸を填めるだけだけど。と思ったが何かがつっかえている。今まで使っていたのはショートカートリッジだったから全然気付かなかったが胴軸の中で何かがコツンコツンとつっかえるのだ。

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 どうやら祖父のうっかりか、それとも重さの調整のためか、軸の中にショートカートリッジが入って取れなくなってしまっていた。「そう言うプレイかよ!」とつい叫んだが、死人に口なしであり、その真意をもはや探ることはできないし、冷静に考えると祖父が万年筆を脳内擬人化して異物挿入プレイを楽しんでいたとはあまり思いたくない。144が「そんなに一杯はいらないよう」と泣くので、細い棒を突っ込んで2時間くらい格闘してようやく取り出してどうにかなった。中に入っていたショートカートリッジはこれまたモンブラン純正のものではなく、デュポン社のものであり、なんかこう、この娘一体どれくらいの修羅を渡ってきたのかを考えるだに胸が熱くなる。

 代わりに入れたのはこれ。PILOTインク 色彩雫(いろしずく)月夜。144のペン先をインク壺の中にさしこみ、ゆっくりとコンバーターを回すと、いい音で鳴きながら、コンバーターとペン先が青に染まっていく。この瞬間はなにものにも替えがたい悦楽のときであると言えよう(本当に気持ち悪い)

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 それで一段落する。色は正直前のロイヤルブルーのほうが似合ってるなーと思うんだけど、書いてから乾く速度を選びたいのである。断腸の思い。

 このインク若干高いのだけど、速乾性というか、フローの良さ(ペンからちゃんとインクが出てくるか)みたいなのは良い気がする。あと色が好き。今後紹介することもあるかもだけど、セーラーの顔料ナノインク青墨と色がすげえ似てる。このインクシリーズのいいところは「色彩雫」で「いろしずく」と読ませちゃうところとか、それぞれのインクの名前が和風でかっこよさそうな感じで付けちゃっているところとかで、まあ、なんだかんだで四色揃えてしまっている。
 ペンがある程度そろい、コンバーターなりの吸入機構をそれぞれに装備させると、今度はインクが、そしてそのインクと相性のいい手帳や紙が欲しくなる。去年のぼくに「お前、来年には文具屋で一日過ごせるぜ」とか言ったところで信じるはずがないし、今だって信じられないが、店頭でノートの紙質を比較している自分は本当に無駄で芳醇な時間を過ごしていると思える。なんか盆栽を楽しむ老人の気持ちが少しだけわかったような気がした。この沼にはまだまだ底がありそうです。

 そう、俺たちはまだまだ沈みはじめたばかりだからな、この文具沼を……。

(つづく)
(つづくのかよ)